福岡高等裁判所 昭和32年(ネ)794号 判決 1958年5月19日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が昭和三十年七月十二日付で発令した控訴人に対する休職処分は無効であることを確認する。被控訴人は控訴人に対し金六万七千三百三十八円およびこれに対する昭和三十一年二月二十二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、証拠の提出、援用、認否は控訴代理人において「本件休職処分は地方公務員法の目的を逸脱したものであり、かつ憲法第二十二条、第二十五条、第二十七条に違反するものであるから、この点においても無効である。なお過去の法律関係といえどもそれが現在の法律状態に影響をおよぼしているかぎり、広義における現在の法律状態の争いとして確認訴訟の提起が許されるものと解すべきである。」と述べ、被控訴代理人において「控訴人は昭和三十年九月三日に被控訴人より懲戒免職処分に付され、このときから佐世保市立小学校長たるの職を離れているのである。従つて本件休職処分無効確認の訴は結局過去の事実について確認を求めることに帰する。かりにそうでないとしても控訴人が本件訴訟において請求するところは右休職処分中の俸給等の支払を求めるにあつて、右確認の訴はその前提となる事実に過ぎない。従つて控訴人は右俸給等の給付の訴を提起すればその目的が達せられるのであつて、右確認の訴を別個に提起しなければならない必要はない。よつていずれにしても右休職処分無効確認の訴は確認の利益がない。しかして地方公務員法第六条第一項は専ら当該公務員の意に反してなす免職休職等の処分について規定したものに過ぎないのであるから右法条を以て公務員の同意を得てなされた休職処分についてまで明文の法規に依拠しなければならないとする控訴人の主張は不当である。本件休職処分は地方公務員法ならびに憲法に違反するとの控訴人の主張も全く理由がない。」と述べたほかは、すべて原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。(原判決二枚目一行目に起訴猶予とあるのは起訴猶予の誤記と認める。)
理由
職権を以つて本件休職処分無効確認の訴に確認を求める法律上の利益があるかどうかについて審究する。
控訴人は本訴において被控訴人が昭和三十年七月十二日付で発令した当時佐世保市立小学校長の身分を有していた控訴人に対する依願休職処分の無効確認を求めるものであるが、成立に争いのない乙第一号証と本件弁論の全趣旨に徴すれば控訴人は被控訴人より同年九月三日付で懲戒免職処分に付され、これを不服として同月二十八日佐世保市公平委員会に対し審査の請求をなし、現在審理中であることが認められる。もとより休職処分に付された公務員に対し懲戒免職処分がなされた場合において、右懲戒免職処分が当然無効であるか、あるいは正当な権限を有する行政庁または裁判所において取り消されない限りは右懲戒免職処分の日から該公務員はその身分を失つているものと解すべきであるが、前示のように右懲戒処分に対して該公務員から適法な審査の請求がなされているような場合においては、右懲戒処分が後日取り消されあるいは修正される可能性がないわけではないのであるから、この意味において右処分に基く法律関係はいまだ最終的に確定したものということはできず、従つてもし右懲戒処分が取り消されたような場合においては当然本件休職処分の効力如何は控訴人にとつて正に現在の権利関係を争うことそのものにほかならないのである。また控訴人が本件休職処分の無効確認を求める趣旨はただその休職処分中の俸給等の支払を求めることにのみあるのではなく、自己の公務員たる身分に基いて職務に従事し、その他の公務員としての身分に基く一切の権利を回復するにあるものと解すべきであるから、必ずしも本件休職処分無効確認の訴が給付の訴の前提となる事実に過ぎないとなすことはできない。従つて本件休職処分無効確認の訴には確認を求める法律上の利益があるものといわなければならない。当裁判所は叙上の見解のほかに左記判断を付加し、かつ原判決に記載された理由中原判決六枚目表五行目の「そうして」を削除し、同所に「しかしながら地方公務員法第二十八条第二項は専ら当該公務員の意に反してなす休職処分について規定したものであることは同条項の規定自体に徴し極めて明らかなところであるから、右法規を以つて当該公務員の意に反しない即ち自発的な願に依る休職処分をもなすことができない趣旨に解することはできない。そうだとすれば同法第六条第一項も専ら当該公務員の意に反してなす休職、免職および懲戒等を行う場合について規定したものと解すべきであるから、同条項を以つて当該公務員の同意を得てなされる休職処分についてまで必ず法律ならびにこれに基く条例や規則、規定に依拠しなければならないものと規定した趣旨に解することはできない。」を挿入するほか、原判決と同様の理由により控訴人の本訴請求中、依願休職処分の無効確認を求める請求を棄却し、その余の訴を却下すべきものと判断するので、原判決の理由の記載をここに引用する。
本件休職処分は地方公務員法の目的を逸脱したものであり、かつ憲法第二十二条、第二十五条、第二十七条に違反するから無効であるとの控訴人の主張について、前示認定のように本件休職処分は社会一般の良識から判断してもやむを得ないと認められるような事情のもとにおいて、控訴人においても該処分によつて生ずべき不利益な結果を十分認識したうえ、同意を与えているものであり、しかも必ずしも地方公務員法の諸条項に違反したものとも認められないから、地方公務員法の目的を逸脱したものとはとうてい認め難いところであり、また憲法第二十二条、第二十五条、第二十七条に違反するものと解することもできない。
よつて原判決は相当で本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条第一項によりこれを棄却し、控訴費用の負担について同法第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。(昭和三三年五月一二日福岡高等裁判所第二民事部)